※本編より少し先のifのようなもの

最初の復活者が石神千空で良かった。
何度も何度もそう思わされた。例えば私なんぞが最初に復活したとしても、あっという間に野垂れ死んでいたに違いない。
持てる知識と物資、そして何より人の力。全てを駆使してここまでの事をやり遂げた彼の功績は計り知れない。
本人には口が裂けても言えないけれど。ジト目で「一人で盛り上がりすぎだ」と呆れられるだけだ。
彼のそういう驕らないところが好きだった。
彼と、苦楽を共にしてきた仲間たちとの時間がずっとずっと続けば良いのにと思わずにはいられない。
たとえ離ればなれになったとしても、まだまだ先を目指す彼の力に私が少しでもなれるのなら本望だった。



みんなで初日の出を見に行った時、なんの変哲もない石が蒼く美しく輝くのを見た。それ以来、朝日が昇るのを眺めるのが私の日課になっていた。殊更に、海から昇る太陽が好きだった。

「おはよ千空」
「毎朝毎朝、物好きなこって」
「珍しいね」

ここでいう「珍しい」は早起きに対してではなく――千空も大概早起きだ――彼が三文の得を無意味な散歩に費やしている事に対してである。

「あー、今日なら確実にいると思ったからな」
「えっ私に用?」

なんだ。私に用事があるなら人伝でもなんでも、いつでも言ってくれたら良いのに。

「わざわざ人気のない時を狙って来るということは……わるだくみだ!」
「察しが良くて実におありがてえ」

待てよ、お得意のわるだくみなら他に適任者がいるような。
ペラペラと口の回る男の顔を思い浮かべつつ、彼から直々に言い渡されるミッションを少しワクワクしながら待つ。

「手ェ出せ」
「手?はい」

わけも分からず千空の命令に従って両手を器の形にして差し出すと、彼はずっと握っていたらしい何かをそこに落とした。
人肌で温まっているが、小さな金属のようである。まだ暗い中、その正体を確かめるべく目を凝らす。

「えーーーと千空さん。これは……これはなんだいね?」

思わず杠みたいな喋り方をしてしまった。
千空も心なしか口の端を上げている。恐るべし杠パワー。

「けいやくのゆびわ」

そんなゲームのアイテムみたいな。
いや、本当にゲームに出てくるみたいなお役立ちアイテムかもしれない。

「あっもしかしてこれ通信機!いや発信器!?」
「それはそれで唆るが、今回はちげーな」
「ちぇーイイ線いったと思ったのに」

千空が出してくるクイズはいつも難易度が高い。しかし今回の出題範囲は千空お得意の化学物質でも数式でも鉱石でもない。もしかして、指輪に付いた石に秘密があるのだろうか。

「時間切れだ。チンタラやってても埒が明かねェからとっとと言うぞ」
「はやっ」

シンキングタイムは僅か2秒。やることは地道なのに、こういうのは全く待てないのが石神千空という男である。

「これは正真正銘ただの指輪だ」

千空の言葉をその場で復唱する。
これは、ただの、指輪。

「ただし俺お手製、笑えるほど重てーやつな。テメーが受け取る義理はねぇし勿論合理的でもねえ。だが俺はただそれをテメーに持ってて欲しい。だから渡した。そんだけだ」
「ちょっと待って待って千空それって」
「んで、契約っつーのはだな……」

千空は私の動揺など露知らず、真顔でさらりと物凄い長台詞を言ってのけた。それなのに、彼はその先の言葉を一瞬躊躇した。
わざわざこんなモノを渡す理由が分かるかと千空は私に問うた。合理的でないなんて、いかにも千空が嫌いそうなものなのに。
冷たい海風がむき出しの肌に吹き付けてくる。夜は、まだ明けない。

「それをはめたら最後、テメーは一生科学の奴隷だ」

だから日の出までに考える時間をやる。それ以上は待たねー。
そう言って千空は海の方へ体を向けてしまった。
空が、濃紺から東雲色へと変わっていく。あらわになった海と空の境界線を、彼はどんな気持ちで見ているのだろう。

「契約ってそういう事か」

やっぱり千空は優しい人だ。優しくて、肝心な所で触れるのを躊躇ってしまう。世界で一番優しくて、世界で一番カッコ良くて、世界で一番可愛い、私の特別なひと。
答えなんてとっくのとうに決まっている。

「いいよ。ただしこっちにも条件がある」
「……言ってみろ」
「千空につけて欲しい。他でもない千空の手で、ここにつけて」

キラリと、視界の端で水平線が光ったような気がした。だけど私にとっては、向き直った千空の今にもこぼれ落ちてしまいそうな瞳の方がもっともっと輝いて見えた。


掌に乗ったままだった指輪を彼に一旦渡すと、そのまま左手を握られて息をのむ。
指輪を持った彼の右手はかすかに震えていた。
ひやりとした感触が確かな重さを持って、薬指の付け根に収まった。

「これで契約成立だ」

暗い時には分からなかったけれど、指輪に鎮座する石は千空の瞳によく似た赤い色をしている。

「凄い!ピッタリだ……それにしても奴隷かー、物騒だなー」
「しかも俺の方はもうバツ1つ付いてるしな」
「それは……ふふ、そうだね」

ルリがこれを聞いたら顔を真っ赤にして慌ててしまいそうだ。

「みんなが見たらなんて言うかな」

昇りきった太陽に左手を翳すと、照らされた手が金色に縁取られて通う血の色が見えた。

「私、これからも千空と同じ景色を千空の隣で見られるんだね」
「ああ、唆りまくるモン山ほど見せてやる。それだけは100億パーセント保証してやるよ」

不敵に笑う千空は既にいつも通りの千空で、私もみんなの所に戻る頃にはきっと、いつも通りに。

昨日よりも一歩前進した、新しい一日が始まろうとしていた。



2019.12.29 Dawning


back
- ナノ -